【質問の要旨】
・母の生前、銀行から兄が500万円を引き出した。兄は「母に頼まれて引き出し、数日後に現金をもらった」と主張。
・「母が通帳を管理していたから、勝手に出金できない」という兄の主張は裁判で認められるか?
・500万円は贈与ではなかったことの証拠がないが、不利になるか?
【ご質問内容】
母の相続人は私(弟)と兄で、兄は母と同居してました。
母の生前に多額の預金引き出しがあり、その中のひとつに3年前に銀行の窓口で500万円を引き出した件があります。
これについて、払戻伝票の筆跡から兄が引き出したことは証明されていて、母の委任状や意思確認が行われなかったことも証明されています。
この銀行では口座名義人の同居の家族なら本人の代わりに500万円まで引き出すことができるという回答があったからです。
今は兄側に弁護士が就いていこの500万円について兄は、「母に頼まれて引き出し、500万円は母に渡した。数日後、兄と妻(兄の妻)に母が250万円ずつ現金でくれた。」と言っています。
そこで兄夫婦で500万円もの高額な現金を受け取ったら銀行に預けるのが一般的かと思い、受け取った現金の入金履歴などを求めましたが入金はしていないとのことです。
そして母と兄との贈与契約書、母のために使った領収書、母があげたというメモやもありません。
これから裁判を考えているのですが教えて下さい。
(1)兄は「母が通帳を持っていたのだから、500万も引き出されたら気付くはずだ。だから、勝手に引き出してない。」という反論をしています。
確かに母が当時自分の通帳を持っていたのは事実ですし。
この兄の反論は裁判で認められてしまいますか?
(2)私には、母が兄夫婦に500万円を贈与しなかったことを証明する証拠はないのですが、不利ですか?
※敬称略とさせていただきます。
【前提 兄の主張を整理】
今回、兄の主張を整理すると次のようになります。
①母は兄に500万円の出金を頼んだ(委任の有無)
②兄は500万円を引き出し、いったん母に渡した
③母は数日後、兄とその妻に分けて500万円を渡した(贈与の有無)
今回、法的には①委任の有無、③贈与の有無という2つの論点が問題となりますが、それぞれについて兄が主張をしていますので、今回は兄の主張を一つ一つ取り上げて回答していきます。
【「母が通帳を管理していた・・・」という兄の主張】
これは①委任の有無に関する兄の主張ですが、たとえ母が通帳を管理していても、母が金庫などに入れて厳重管理していたなどの事情が無い限り、同居者なら母に無断で通帳を持ち出すことは可能でしょう。
いずれにしても、兄が銀行に持ち込んだ事実は争いないわけですから、あとは「母に頼まれて引き出し」たか否か、という点が問題です。
【母に頼まれた、という主張について】
まず、一般論として高齢の母が息子に預貯金からの引き出しを任せる、ということは十分にありうる話です。
しかし、ご相談によれば多額の出金は多数存在するが、母に頼まれたのがこの500万円だけとすれば、なぜこの500万だけなのか、不自然さが残るところです。
さらに、500万円の引き出しについては、委任状も意思確認(銀行から母への電話等)も行われていないことから、兄の主張を裏付ける証拠はありません。
そのため、ほかに兄の主張を裏付ける証拠がなければ、そう簡単に裁判所は母に頼まれた、という主張を認めるわけではないものと思われます。
【あなたに証拠がなくともそう不利ではない】
では逆に、あなたの側に「贈与ではないこと」を裏付ける証拠がない、という事情ですが、もちろんあなたの側に証拠がある方がより安心です。
しかし、基本的には贈与を主張する兄が「贈与の合意があった」事を立証する責任を負うため、あなたの側に証拠がない、というだけで負けるわけではありません。
【最後は経過の合理性で判断する】
兄が引き出したお金を「母に渡した」証拠もおそらく見当たらず、現時点では兄が主張しているだけの状況と思われます。
このように、お互いに決め手となる証拠がない出金を裁判所では「預かり遺産」などと呼び(不正出金と同様に)預かり金を遺産に加えて遺産分割の判断を行う傾向があります。
このような預かり金が、母から贈与されたのか、それとも無断の出金なのか、兄の主張がいかに合理的か(不自然さがないか)という観点で裁判所は判断することが通常です。
前記しました兄の主張を再度示しますと、
①母は兄に500万円の出金を頼んだ(委任の有無)
②兄は500万円を引き出し、いったん母に渡した
③母は数日後、兄とその妻に分けて500万円を渡した(贈与の有無)
というものでした。
この経過が合理的な経過か、という観点から検討していくことになります。
具体的には、母は兄に贈与するために出金を頼んだとすれば、引き出しの当日に兄とその妻に手渡すのが自然であり、いったん現金を母が受け取り、数日間手元で保管した理由が今ひとつはっきりしません。
ここに不自然さが残るといえるでしょう。
もちろん、兄には弁護士が就いているようですし、口で言うだけならいくらでもストーリーを述べることは可能でしょう。
しかし、結局のところ裁判所は当事者が述べる経過が合理的か否かを自らの感覚で判断します。
そのため、あなたの立場としては、兄の主張には裏付け証拠がないことや、兄が述べる経過がいかに不自然であるかを徹底的に裁判所にアピールしていくことが重要な作業となるでしょう。