急死した母の生前、長く母と同居していた長男が、数年前、自力歩行が困難になった母から2000万円ほどあった預金通帳を託されたのですが、認知症の兆候が出はじめたときに、全額を引き出したうえ、自分と妻の口座に入れたことが判明しました。
長男は「母がそうしろといったからだ」と主張し、自分と妻の預金通帳は見せる必要がないといいます。
①母に対する(業務上)横領罪が成立しているのではないでしょうか。(親族相盗例の準用の点などはさておき)
②長男夫婦の行為は他の共同相続人に対する(業務上)横領罪も成立するとは言えないでしょうか。
③不当利得返還請求はできますでしょうか。
【横領罪の成否について】
母が長男に預金通帳を託した趣旨がどのようなものであるかによって、横領の成否が異なってきます。
母としては、そのままの形で預かって欲しいという趣旨であれば、長男夫婦の払い戻し行為は横領罪を構成します(但し、業務上横領ではなく、単純な横領です)。
但し、ご質問にも記載されているように親族相盗例(親族間の窃盗などについて刑の免除など責任を減軽する法律)があるため、処罰はされません。
【他の共同相続人に対する横領罪の成否】
お金を預けたのは母ですので、母に対しては横領になります。
質問の場合、預金を引きたした時点では相続が開始しておらず、他の共同相続人としては、母の預金についてはなんらの権利も有していませんので、「自己の占有する他人の物」(刑法252条)に当たりません。
従って、他の共同相続人に対する横領ということは考えられません。
【不当利得返還請求について】
前記したように、母の意思に反して、兄が預金を自分のものにしたのであれば、当然、不当利得が発生します。
正確に言いますと、着服時点で、母が兄夫婦に対して不当利得返還請求権を持つことになります。
この請求権は相続されますので、母の死亡後は、その法定相続人がその法定相続分の割合に応じて返還請求権を相続することになり、その相続分に応じた請求をすることが可能になります。
なお、念のために言えば、親族相当例は刑法上の処罰の問題であり、民事上の不当利得請求を制限するものではありませんので、各相続人が請求可能です。