【質問の要旨】
・3兄弟で一人だけ1000万を贈与されている
・親が他界し相続が発生したが、遺産が何もない
・遺産ゼロの場合、贈与は持ち戻せるか?
【ご質問内容】
兄弟三人のうちの一人に対し、親が住宅取得資金という名目で1,000万円を贈与しています。
他の二人には何もありません。
その後、やがて親が他界した場合、他界した時点、つまり相続開始時において親の財産が何もない場合には、遺産分割の対象物がないということになりますし、その場合、特別受益の持ち戻しも、遺留分の減殺請求も、何もできないということになりますか?
どちらも相続開始時に遺産が存在して初めて成り立つ制度ですか?
そうだとすれば、兄弟のうち一人だけが得をし、後の二人はもらえず仕舞いということになりますか?
【生前贈与は特別受益として遺産に持ち戻される】
法定相続人に生前贈与があった場合、その分は遺産の先渡しとして扱われます。
そのため、遺産の計算する場合、生前贈与分は《特別受益》として遺産に持ち戻されます。
例えば、本件とは異なりますが、子3人が相続人であり、長男に生前贈与額が1000万円で、相続開始時の遺産が1000万円であったとした場合、次のように計算します。
現存する遺産:1000万円+贈与:1000万円=みなし相続財産:2000万円
各法定相続人に対する配分等しいので、
みなし相続財産:2000万円÷相続人数:3人=667万円(各人がもらえる額)
本来、各相続人のもらう分は667万円のはずですが、長男は1000万円を受け取っており、差額の333万円を余分にもらったことになります。
ただ、注意するべきは、特別受益は《生前に多くもらった人は遺産からはもらえませんよ》という制度であり、《生前にもらったお金を返しなさい》という制度ではないということです。
上記例では、長男は遺産からは何ももらえませんが、しかし、333万円を返還する必要もありません。
その結果、他の者は相続時の遺産を2分して、500万円ずつを相続するしかないという結論になります。
【今回のケースでの特別受益を考慮した遺産分けはどうなるか】
今回のケースでは特別受益が1000万円あり、相続時の遺産が0円ですので、みなし相続財産は1000万円になります。
各相続人の具体的な相続分は仮に相続人が3人だとすると、333万円になりますが、前項で記載したように生前に多くもらった人が返還をする制度ではありませんので、他の相続人は遺産分けとしては1円ももらえないという
ことになります。
【特別受益という制度では、遺産がない場合の不公平はやむを得ない】
「これでは生前に多く贈与を受けた人の一人勝ちになってしまう。不公平ではないか。」というお気持ちを持たれる方が少なくないでしょう。
しかし、親が、(生存中に)3人いる子のうち、誰にどれだけの財産を贈与するかは親自身の自由なのです。
そのため、今回のように、全財産を誰か一人に贈与してしまったために他の人が遺産を取得できないという不公平は、法律上やむを得ないものと考えられています。
【遺留分減殺請求は可能】
たとえ贈与は親の自由だとしても、遺産の大部分が贈与され、他の相続人がなにも受け取れない、というのはあまりに他の相続人に酷な結果といえます。
そこで相続財産の大部分が特定の相続人に贈与されている場合、それを取り戻すための《遺留分減殺請求》という制度があります。
遺留分減殺請求という制度は、贈与を受けられなかった他の相続人のために最低限度の遺産は確保しようとするものです。
子の遺留分は法定相続分の2分の1です
そのため、贈与を受けなかった他の相続人は、本来の法定相続分の2分の1(本件では子が3人いるため、3分の1×2分の1=遺留分は各6分の1)の限度で遺留分減殺請求ができます。
本件では全財産1000万円が一人の相続人に贈与されていますので、その他の相続人は遺留分として遺産の6分の1、つまり約166万円を返還するよう請求できます。
ただ、遺留分減殺請求は、遺留分を侵害されたことを知って1年以内に意思表示をする必要がありますので、期間を経過しないようにご注意されるといいでしょう。
相続法改正の影響
今般の相続法改正で、遺留分請求についても各種改正があり、令和元年7月1日以降に発生した相続については、特別受益は、相続前10年間になされたものに限り遺留分計算の基礎に入れることになりました。
そのため、本件質問のような事案でも、子の一人への贈与が、被相続人の死亡より10年以上前になされたものである場合には、遺留分についての請求の基礎に入れることができません。
相続法改正についての詳細は、「相続法改正9 遺留分制度に関する見直し」をご参照ください。