その後、夫は会社を定年退職し退職金をもらった。退職金全額を、夫は妻に渡した。
妻は全額を「自宅兼収益物件のローン支払いにあてた」と言った。
この件について質問です。
(1)この渡した退職金の1/2にあたる金額は特別受益として遺留分算定の基礎財産に加算できますか?
父と母が持ち分1/2ずつの共有名義の「収益物件の不動産」があります。この「収益物件の賃料」は、全額、父の口座に入金されていました。
そして、入金された後、この「収益物件の賃料」を母が毎月定額出金していました。
母は、「収益物件の賃料」を管理するために、出金していたようです。
母は、この定額出金した金額を自分名義の通帳にいれてるかどうかは不明です。現金で持っているかもしれません。この件について教えてください。
(1)母が管理している父の持ち分の不動産の「賃料」は、名義預金として遺留分減殺請求の基礎財産に加算できますか?
(2)遺留分減殺請求の基礎財産に加算できるとしたら、何年前まで遡れますか?
※同じ方から2回に分けてご質問をいただきましたが、回答は1つにまとめています。
【各月のローンの支払い分が特別受益となり、遺産に持ち戻される】
不動産の名義は共有であるところ、ローンは夫だけというケースです。
妻としてはローンの支払いをしないのに、夫が各月のローンの支払いをしますので、妻の財産が増えていく(正確にいうと、その不動産には抵当権がつけられているでしょうから、その債務が減少する)ということになります。
ローンの支払い分のうち、妻の共有持ち分に該当する分の支払い額が特別受益になり、遺留分計算の基礎財産として、遺産に持ち戻されることになります。
【退職金で支払った残ローン分も特別受益になる】
今回、退職金でローンの残額を一括して返済したということですので、その一括支払い分のうち、妻の持ち分に相当する分が特別受益になり、遺産に持ち戻されます。
なお、質問では夫の退職金を妻に渡したという表現があります。
しかし、その退職金は結局、ローンの支払いに充てられているのですから、妻に渡したという点は無視してもよく、結局、夫の退職金で不動産のローンが完済されたと考えて差支えありません。
【遺留分権利者に損害を与えることを知っていたということが前提だが・・】
遺留分の算定の際の遺産に持ち戻されるのは、相続開始1年前までの贈与です(民法1030条後段)。
したがって、条文から見れば、1年を超えて遡った時点での贈与については、《遺留分権利者に損害を与えることを知っていた》場合に限定してのみ、持ち戻しが認められるはずです。
しかし、最高裁は特別受益に該当するような相続人に対する贈与は、その贈与が相続開始よりも相当以前になされたものであっても、特段の事情のない限り、民法1030条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるものと解するのが相当であると判断しています。・・・※注1。
今回の質問のケースは、おそらくかなりの長期間にわたるローンの支払いですが、このようなかなり以前の分でも特別受益である限り、遺産に持ち戻されますし、ましてや、最近、夫の退職金でローンを支払い、その利益を受けているのであれば、その分も特別受益として、持ち戻しになることは確実だと言っていいでしょう。
※注1・・最高裁判決:平成10年3月24日(民集52巻2号433頁)
【賃貸人名義人が賃料を取得するが、他の持分権者に持分相当額を支払う必要がある】
まず、不動産賃貸の賃料については賃貸人が受け取りますので、賃貸契約書を確認する必要があります。
契約書で賃貸人が夫(お父さん)であれば、賃料を受領する権利は夫にあり、受け取った賃料は夫のものです。
但し、妻が共有持ち分を持っていますので、特段の合意がない限り、妻も持ち分に相当する賃料を夫に請求できる権利があります。
【賃料全額を妻が預金しているとすれば、特別受益の可能性もある】
賃料は、一旦、夫の口座に入り、そのうちから一定額を妻が出金していたということですが、その出金が何に使用されたのかによって結果が異なります。
《賃料管理の費用》として、或は《生活費としての夫婦の婚姻費用》などに支出されたのであれば、その分は特別受益にはなりません。
この場合、一定額を支払った後に残存するお父さんの口座(正確にいうと、そのうちの賃料入金分に見合う)残額のうち、妻の持ち分割合に相当する額は妻が取得するべき分ですので、妻は夫に対しその分の返還を請求することができることになります。
なお、妻が自分のための支出として賃料の半額程度を引き出して使っていたというのであれば、夫の預貯金全額は夫の遺産であり、そもそも特別受益の問題は発生しません。
【消滅時効と特別受益との関係】
特別受益は消滅時効にかかりません。
しかし、返還請求権の場合には原則として10年で消滅時効期間が経過しますので、10年以上経過した分に相当する金額の請求権は消滅していると主張される可能性があります。