【ご質問詳細】
母親の死後、残された自筆遺言書を原告(長男)、被告ら(弟・妹)立会いの下、検認したところ、原告に、預貯金全額を相続させる旨が確認されました。
原告は、母親の預貯通帳・カードを母親の近くに住む被告らに厳重保管の覚書を交わし委託しておりましたが(母親の生活費は、年金収入で賄える範囲)、被告らは母親の生前中(預貯金が下されたこの時点では、母親は痴呆も進み寝たきりで、何ら判断能力も無い)、母親が自筆遺言書を作成していたこをを知りながら、無断で、預貯金2千万円を、共謀して、カード限度一杯で、定期的に全額を引き落としておりました(銀行入出金推移表で確認済み)。
これから、訴訟をスタートしますが、相続分である3分の1ではなく、全額を請求できる戦略・進め方のアドバイスがございましたらご伝授ください。
なお、原告は代理人無しで、被告らは弁護士を擁立しております。
【気持ちはわかりますが・・・】
被相続人であるお母さんが遺産である預貯金全額を長男であるあなたに相続させる内容の自筆の遺言書を作成したのに、お母さんの生前に弟や妹が無断で出金し、使ってしまったという事案です。
あなたとしては、預貯金の引き出しがされなければ、預貯金全額を相続できたのにという気持ちでしょうし、その気持ちはよくわかります。
ただ、法律的に考えると以下のとおりとなります。
【まず、3分の1の主張は可能です】
あなたもわかっておられるようですが、無断で引き出し使用された預貯金額の3分の1の返還は可能です。
念のために確認しておきましょう。
お母さんの預貯金を弟らが無断で引き出して使用したのであれば、お母さんは弟らに対して引き出した金を返還せよという請求権(不法行為に基づく損害賠償請求権あるいは不当利得返還請求権)を持つことになります。
ただ、この請求権は預貯金そのものではありませんので、単なる請求権(債権)として相続され、あなたが相続できるのは法定相続分(3分の1のようですが)だけです。
あなたとしては、お母さんの有する前記請求権の3分の1を相続で取得したとして、無断引き出しをした弟さんらに請求することは可能です。
【あなたに対する権利侵害として、全額の返還を求めることはできない】
ただ、あなたとしては、弟さんらが預貯金を引き出さなければ、預貯金全額を相続できるはずであったと無念に思われており、何とか預貯金額全額の請求ができないかという気持ちがあり、それが今回の質問になったものと思います。
一つの考え方は、無断引き出しがされない場合、あなたとしては預貯金額全額を相続できたはずであるのに、弟さんらがこれを違法に侵害したので、不法行為による損害賠償請求ができないかということがあります。
あなたが将来、遺言により預貯金全部を相続できるのに、それを侵害したので不法行為が成立するという考え方です。
しかし、無断引き出しをされたのはお母さんであり、お母さんが権利侵害として不法行為に基づく損害賠償請求ができるのは前記のとおりであり、それとは別に、あなたが独自の権利を有しているとは考えにくいです。
もちろん、預貯金がそのままあれば、将来あなたが預貯金を相続できるという期待を持たれたでしょうが、それは単なる《期待》にすぎず、権利とまでいえるようなものではありませんので、不法行為が成立しないと考えられます。
【法定相続人の資格を喪失させることも考えられるが・・・】
全額取得するための方策としては、弟さんらを相続人でなくするという方向もあります。
民法上には相続人の欠格(末記の条文をご参照ください)という制度があり、これに該当するなら弟さんらは法定相続人の資格を失います。
しかし、相続人資格を否定するには、被相続人を殺害した、あるいは遺言を偽造したなどの極めて違法性の高い行為が裁判所で認定される必要がありますが、それは現実問題として主張立証が困難でしょう。
よって、本件ではやはり相続分を超えて不正出金の全額返還請求をすることは難しいと言わざるを得ないでしょう。
【特別受益などを主張して相続分を増やすしかない】
結局、あなたの立場としては、弟さんらに特別受益などがあったとして、その相続取り分の減額を主張するしかないという結論になります。
なお、裁判ですので、あなたの期待を侵害したとして全額返還を請求を(それが認められる可能性は低いにしても)主張することは自由ですし、そのような主張をしていると裁判所が3分の1以上を出さないかと和解で被告を説得するかもしれませんので、存分に自分の気持ちを訴訟に反映させられるといいでしょう。
《参考条文》
相続法 第891条 (相続人の欠格理由) 次に掲げる者は、相続人となることができない。
1. 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は 至らせようとしたために、刑に処せられた者
2. 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは、この限りでない。
3. 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者
4. 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又 は変更させた者
5. 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者