【質問の要旨】
相続人の1人が生前に多くお金を受け取っている場合の遺産分割
【ご質問内容】
父と相続について話しました。
父は遺産分割協議書を作って、母、私、妹に財産を分割すればよい、ということでした。
ところが、父は株などで儲けた分をすべて母の口座へ入金しているようなのです。
この状態で父と母の全財産をもとに遺産分割が可能なのでしょうか。
以上、ご回答願います。
【将来の遺産分割協議の話と理解しています】
質問の時点ではお父さんもお母さんも生きておられるので、将来、お父さんが死亡して、その相続問題が発生したときの遺産分割協議書の問題として回答します。
【銀行では名義を基準とする】
銀行としては、名義を基準として取り扱いをします。
名義がお母さんであれば、お母さんの預金であり、お母さんの自由な引き出しを認めます。
お母さん以外の法定相続人が、お父さんの遺産であるからと銀行に申し入れをしたところで、銀行がそれを認めて、お父さんの遺産として扱うことはまずないでしょう。
【判例では名義よりも実体を重視】
預金の名義人であるお母さんが「これは私のお金だ」と言い張り、お父さんの遺産であることを認めなかったときはどうなるのでしょうか。
そのようなケースが裁判で争われたことがあります。
事案の内容によって異なりますが、名義人のものではなく、口座に入金された金銭を出した人の財産と判断するという判決が多いです(末尾に参考判例1件を掲載しおりますのでご参照ください)。
ただ、裁判まで行くのは費用や手間から見て、大変でしょう。
お父さんやお母さんが生きている現時点で、将来のトラブルを防止する方策を考えておくべきでしょう。
【現在、法的に打てる手段は少ない】
現時点では、あなたの取れる法的な手段は少ないです。
あなたはお父さんが死亡した後には相続人になりますが、それは将来の話であり、現時点ではお父さんの財産について何らの権利も持っておられません。
以下に記載したようにお父さんとお母さんを説得するしかないでしょう。
【事前の対策(その1)・・お父さんらを説得する】
現在、お父さんとお母さんが生きているのですから、ご両親に相談してもらって、お父さんから出た分は、お父さん名義の口座に戻すのが、一番良い方策でしょう。
しかし、お父さんがなぜ、自分の名義ではなく、お母さんの名義に入金したのでしょうか。
その点をお父さんに確認する必要があります。
自分が死んだ後のお母さんの生活資金の前渡しというのであれば、それは生前贈与になる可能性もありますし、又、お父さんとしてもお母さん名義から自分名義の預金へ戻すことに賛成しないでしょう。
あるいは、税務対策などで、お母さんの名義を利用しているという可能性もあります。
このような場合には、名義をお父さんに変更した段階で税務調査が入るということにもなりかねませんので、その点も配慮が必要でしょう。
【生前の対策(その2)・・出所はお父さんである証拠を残しておく】
現在すべきことでもう一つ、大切なことがあります。
それは、お母さん名義の預金の出所がお父さんであることの証拠をちゃんと残しておくことです。
将来、訴訟になった場合にも役立ちますが、それよりも、ちゃんとした証拠を残しておれば、その証拠を見せるだけで相手方が納 得することも多く、紛争の防止に役立ちます。
【お父さんが死亡したときの対策】
お父さんが死亡した後、お父さんの遺産であることをお母さんが認めず、その預金を全部引き出しそうな場合には、お母さんが預金を引き出さないようにする手続きを取ることもできます。
仮差押えという手続きになりますが、裁判所に申立をして認めてもらえれば、あなたの法定相続分の限度でお母さんの出金をストップさせることも可能です。
ただ、裏付け証拠などを裁判所に提出しなければならず、又、迅速に手続きをしなければならないので、相続に詳しい弁護士に、早期の段階で相談されることをお勧めします。
【参照判例:東京高裁平成21年4月16日】
被相続人の妻名義の預金について、財産の出捐者や当該財産の管理及び運用の状況、妻名義にすることになった経緯等を考慮して、被相続人の相続財産であると認めた。
詳しくは【相続判例散策】被相続人以外の名義になっている財産を相続財産に含めることはできるのか?をご参照ください。
弁護士コメント:同趣旨の判例は上記以外にも他数ありますが、事案の内容によっては反対の判断をした裁判例もあります。