【質問の要旨】
・両親が離婚し、相談者は母に育てられた。父から養育費なし。
・父が死亡。父の後妻(すでに死亡)との間にいる2人の子のうち、一人に全財産を相続させる旨の遺言書あり。
・後妻の子2人の生活費や学費、結婚費用は特別受益になるか?
・父の相談者に対する扶養義務は認められないのか?
【回答の要旨】
・生活費、学費、結婚費用は特別受益から除外される可能性が高い
・遺留分侵害額請求及び不正出金がある場合は不法行為に基づく損害賠償請求ができる
・養育費をもらう権利はあったが、それを実行しなかったことと特別受益との関係
【ご質問内容】
父親の不倫が原因で生後間もなく両親が離婚し、母に育ててもらいました。
母には、慰謝料も財産分与もありませんでした。
母が何度も養育費の請求をしたにもかかわらず、父は無視し続けて全く支払わずに時効でうまく逃げ得しました。
父は、母との離婚後間もなく不倫相手だった女と結婚し、子供も二人(男女)生まれました。
そんな卑劣な父が亡くなり、相続問題が起こりました。
遺言書に全ての財産は、愚弟に相続させるとの内容でした。
愚弟の母はすでに他界しています。
この場合、愚弟の大学を卒業するまでの生活費や学費を含めた全費用と、妹の結婚するまでの生活費と結婚費用を特別受益(二人で生前贈与を含めて約6,000万円と計算しています)とみなし、相続財産に含めて計算してもよろしいのでしょうか。
父は定年まで公務員として安定した収入がありましたが、当方は母子家庭で非常に苦労しました。
高校から大学を卒業するまでずっとアルバイトで生計を支えました。
父の残した財産は、正当な経済活動で築き上げたものではありません。
不正な未払いの養育費の蓄財で築いたものです。
弁護士ドットコムの弁護士さんたちの回答は、異母兄弟の扶養義務は認められるが、1円も養育費を支払われなかった当方への扶養義務は認められないという不公平極まりないものでした。
憲法の法の下での公平・平等は絵空事なのでしょうか。
(欠陥法律の是正)
※敬称略とさせていただきます。
【生活費、学費、結婚費用は特別受益から除外される可能性が高い】
民法は特別受益という制度を規定しています。
これは、相続人が被相続人から「生計の資本として贈与」を受けた場合には、それは被相続人から相続人に対する遺産の前渡しなので、これを遺産分割時に考慮し、相続人の実質的な公平を実現するための制度です。
質問にある生活費等の援助が特別受益に該当する場合には、これを遺産に持ち戻して具体的相続分を計算することで、贈与を受けなかった者は受けた者よりも多くの遺産を取得します。
もっとも、親は子に対し扶養義務(民法877条)を負っているので、よほど高額でない限り、生活費、学費、結婚費用(婚姻のための持参金・支度金を除く)は特別受益から除外される可能性が高いです。
例えば、月数万円程度の生活費であれば、扶養義務の範囲と言えるでしょう。
過去の事例では月額10万円の生活費援助を扶養義務の範囲内であり、特別受益ではないとしたものがあります(東京家庭裁判所 平成21年1月30日審判)。
次に学費についても私立の医学部の入学金であれば、学校により異なりますが、多いところでは5~6千万円もの入学金や学費が必要となるケースもあり、このような高額な場合には特別受益となる可能性は高いと言えるでしょう。
ただ、兄弟のうち一人だけが大学進学しているという程度であれば、子の個性や学力に応じて父が扶養義務を果たしているだけであり、特別受益とまでは言えません。
婚姻費用については、婚姻の際の持参金・支度金が特別受益に含まれることに関しては異論がありませんが、結納金や挙式費用は特別受益とは考えられていません。
【遺留分侵害額請求及び不正出金がある場合は不法行為に基づく損害賠償請求ができる】
父の遺言内容が全ての財産をあなたの弟に相続させるというものであったとしても、あなたには遺留分(兄弟姉妹以外の法定相続人に認められる最低限の相続分のこと)がありますので、相続財産全体の6分の1の遺留分侵害額を弟に請求することができます。
また、父が生前に認知症になったことをいいことに後妻の子らが勝手に父のお金を使い込んでいた場合などは、あなたは後妻の子らに対して不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求をすることができる可能性があります。
【養育費をもらう権利はあったが、それを実行しなかったことと特別受益との関係】
先妻の子であれ、後妻の子であれ、父はいずれの子にも扶養義務を負います。
父は先妻の子であるあなたに対しても扶養義務を負っています。
そのため、あなたの母から父に対して、話し合いで、それがまとまらなければ家庭裁判所の手続きで、養育費の支払を求めることができました。
また、その場合は、調停調書等を債務名義として、父の勤務先が判明していたのであれば給与の差押えなどで養育費を現実に回収することができました。
ただ、父がそのような養育費支払い義務を負っていても、請求する側が長年にわたり権利を行使しなければ時効によりその権利が消滅します。
しかし、これは権利を持っている者がその権利を行使しなかったというだけのことです。
決して、「憲法の法の下での公平・平等は絵空事」ということではありません。
(なお、弁護士費用の捻出が困難である方であるため、養育費請求ができないような場合には、法テラスなどの公的制度を利用して、弁護士に依頼することが容易になりました。
また、養育費の支払いについては近時、民事執行法が改正され、従来よりも回収がしやすいようになりました。
この点については、今後、当事務所のHPのコラムで解説予定です。)
今回のケースでは、相談者の方は養育費の支払いを現実化しないまま、おそらく時効などでその権利が消滅したように思えます。
このような場合、あなたが受けられたはずの養育費の支払いを受けられない反面、後妻の子である他の相続人は父から生活費などの援助を受けており、受益に差があったように思われます。
しかし、それは扶養義務の範囲内でそれを実現したかどうかの問題であり、遺産のもらう額に影響を与えるような相続でいう特別受益の問題だとは考えられていません。
(弁護士 石尾理恵)