【質問の要旨】
不正出金の責任も遺言で消滅するのか
【ご質問内容】
原告(長男)は母に遺言書を書かせ相続し、被告側(三男)が生前母の治療保険金 を不正費消したと損害賠償請求を起こしました。
被告側は全て治療費など母の費用に 使用した主張。被告は原告が母の生前多額の預金を不法に取得している事を反論し、原告の不法行為が認められ各相続人が損害賠償請求権があり、被告の遺留分を侵害していて、原告の訴えは全て棄却されましたが控訴してきました。
原告は控訴理由書にて不法行為でも損害賠償請求権は各相続人は取得するが、遺言書において母は全財産を長男に渡すと書いてあり、また混同で消滅するので、母が他の 相続人に贈与する事を希望していないので遺留分も無いと主張してきました。 お聞きしたい事は
1、不法行為で損害賠償請求権を各相続人は取得すると思いますが、遺言書において 母は全財産を原告に渡す(他の相続人を排除する事や目録含め具体的な事は書いてい ない)と書いてあり、原告分は混同で消滅すると思いますが、他の相続人に相続する事を希望していない事と同様なので、混同によって他の相続人の損害賠償請求権や遺 留分も消滅すると主張していますがそのような事は考えられるのでしょうか?
2、母が長男の事業の為に渡したと生前に言っている証拠がある場合、損害賠償請求権は無くなって、生前贈与となり特別受益と考えられますか?
(マッチ)
※敬称略とさせていただきます
【他の相続人が取得するはずの損害賠償請求権が消滅するのか】
まず、本件では相続人が長男・二男・三男の3人とし、3分の1ずつ相続する場合を想定して回答します。
まず、《混同》とは、権利を持っているものが、義務を負う場合、権利と義務が同一の人に帰属するため、権利と義務がなくなるというものです。
義務が負う者が、権利を取得する場合にも同様に《混同》により権利義務がなくなります。
さて、今回の質問は、遺言があるので少しややこしいケースです。
(1)遺言がない場合と(2)遺言がある場合に分けて、混同で権利義務が消滅するかどうか、説明していきます。
(1) 遺言がない場合の混同について
遺言がない場合に不正出金による損害賠償請求権がどう相続されるのかを述べておきます。
長男が母の預金の不正取得をしたのなら、母は長男に対し損害賠償請求権をもつ。
長男は母に対して損害賠償支払い義務を負う。
母の死亡により相続開始すると、母が長男に対して有していた損害賠償請求権は、全相続人がその相続割合に応じて、分割相続する。
上記②の分割相続の結果、・長男(相続分3分の1)は、母の損害賠償請求権の3分の1を取得する。
長男は、損害賠償請求権全額の支払義務者でもあるので、相続した請求権(3分の1)の限度で、長男の損害賠償請求権は消滅する。
しかし、残りの3分の2の損害賠償義務は消滅せず、他の相続人が請求をしてきた場合、その支払いに応じなければならない。
(2) 遺言がある場合の混同
①相続財産を全て長男に相続させる」という遺言がある場合、
母の有する損害賠償請求権はすべて長男に相続されます。
②長男は損害賠償全部の支払義務がありますが、①の結果、その請求権の全部を取得しますので、権利と義務の全てを取得するので、損害賠償請求権の全部が混同で消滅します。
※重要コメント:この回答については、最近、質問者の方から非常に有益なご指摘がありました。
参考になる見解ですので、文末に掲載しております。
是非、ご参照ください。
【遺留分減殺請求権行使した後の混同について】
ところで長男以外の人が遺留分減殺請求権を行使した場合、このケースなら二男と三男がその遺留分(各6分の1。2人合計で3分の1)の限度で、損害賠償請求権を取得します。
そのため、長男としては、遺留分減殺の対象とならない3分の2の請求権を相続し、その限度で損害賠償請求権は混同で消滅します。
しかし、二男と三男が遺留分減殺で取得した3分の1については混同はせず、二男と三男に支払いをする必要があります。
【長男に対する生前贈与の扱い】
母が生前にその意思で長男に贈与した財産があれば、原則として特別受益になります。
長男の事業のために贈与したということなら、生計の資本としての贈与であり、特別受益になります。
法定相続人に対する特別受益であれば、遺留分を計算する際の計算の基礎となる相続財産に持ち戻されます。
なお、特別受益の場合、相続開始の1年以上前であっても、遺産に持ち戻されます。
その結果、二男・三男の遺留分が増えます。
※質問者の方からのご指摘
本件のようなケースで混同が認められると、「親元近くにいる子が、親の金を使い込む例が頻発して、ほとんどすべての相続案件で使途不明金問題が発生し、挙句の果てにばれても、何のペナルティもないことになる」がこのような結論は納得できない。
このような結論に至った原因は「相続文言を形式論理で解釈」しているからである。
回答に納得できなかった質問者の方は、法律文献を調査され、次の内容が記載されたものを発見されました。
※質問者が発見した文献
《文献の事例》
遺言で「その他一切の財産」を取得することになった相続人が、実は被相続人の預金や投資信託などを無断で解約していることが判明した。
その相続人は「その他一切の財産」を取得したので、混同で消滅したと主張している。
このような主張は許されるか?
《文献の結論》
「認められない」
《理由》
「遺言者の合理的解釈の問題だが、遺言者が、自信を被害者とする損害賠償請求権を相続人である被害者に相続することは通常あり得ない。
『その他一切の財産』には、生前の預金等を使い込んだことによる損害賠償請求権は含まれないと考えるべきである。
この点は実務上ほぼ異論はない。弊所で取り扱った事件でも、すべて裁判官は同様の意見を示していたし、そのような判例も散見される(東京地判平成18.10.19判例集未登載)」
(日本加除出版株式会社発行「弁護士のための遺産相続実務のポイント」2019.6.10版)
※弁護士コメント:
ありがたい指摘です。
本ブログの回答については、担当者になった弁護士が回答を執筆し、その後、その内容について3名の弁護士の協議をし、場合によれば作成された回答の内容を修正することもあります。
又、修習生などのバイトにより、内容に間違いがないかどうかの確認を過去に2回、行ってきました。
それでも、今回のケースの内容に問題ありとの指摘はありませんでした。
質問者の言われている「形式論理で解釈した」ためです。
同種事例がないか、判例検索システムで検索していますが、現在のところ、発見できていません。
発見できれば、その判例も掲載の予定です。
回答者にとっては、非常に痛い指摘ですが、ありがたい指摘でもあります。
今後とも、本相続ブログの回答については、事務所全体で誠意をもって回答をしていく予定ですが、疑問がある場合には遠慮なくご指摘ください、
できれば今回のように文献も添付していただけると、大変、助かります。
今回の指摘、本当にありがとうございました。
※当事務所での検討結果
本件問題は遺言書の解釈の問題であるという点については、質問者の方のご指摘のとおりであり、今回の質問の案件について《混同で消滅する》と記載した回答は、質問者の方のご指摘のとおり、《形式論理で解釈した》ものであり、当事務所弁護士としては大いなる反省をしているところです。
《本件に関する当事務所の弁護士協議の内容》
現在、この問題については、当事務所の弁護士間で検討しました。
その要約を近日中に掲載します。
《要約(2023.10.17追記)》
まず、今回のケースでは、遺言書に「全財産を長男に相続させる」等との記載があると考えられるため、「全財産」の中に被相続人の長男に対する損害賠償請求権が含まれるかどうかが問題となります。
この点については、質問者のご指摘どおり、遺言書の解釈の問題となります。
参考文献記載のように、「遺言者が、自身を被害者とする損害賠償請求権を相続人である加害者に相続させることは通常あり得ない」と考えることは可能ですが、この点について確立した裁判例があるわけではなく、あくまでも事例ごとの判断がなされるものと考えられます。
ご相談のケースでは、1審で原告(長男)が被相続人・母の預貯金を生前に母の意思に反して引き出していたことが認定されているようですが、遺言者としては、長男の預貯金の引き出しについては、認識していなかった可能性があります。
そうすると、「全財産」の中に遺言者の相談者対する損害賠償請求権を含んでいるものと解釈することは難しいので、損害賠償請求権については遺言に記載がないものとして、法定相続分で相続人が取得する可能性が高いと考えられます。