【質問の要旨】
遺産相続に関して公正証書遺言に執行人として挙がっている司法書士さんに辞任してもらいたい。
どのような手続きを踏めばよいか?
【回答の要旨】
・遺言執行者が就任した後に辞めてもらうのは簡単ではない
・遺言執行者が辞任する場合は家庭裁判所の辞任許可が必要
・解任する場合は家庭裁判所に申し立てをし、裁判所が解任の判断をする
・遺言執行者の義務違反行為がある場合は損害賠償請求ができる
【ご質問内容】
遺産相続についてお願いをしている今の司法書士さんに降りてもらうにはどうすればよいのでしょうか。
遺産相続に関してこの方の名前が公正証書遺言に執行人として挙がっているのでまずお願いすることになったわけです。
ところがお話をしてみて、この方の知識や人柄に疑問がでてきたのでほかの何人かの司法書士さんや弁護士さんに尋ねた結果、
対処の仕方に違いがあることがわかり、何とか辞めて頂けないかと思い立ったわけです。
具体的なことは省かせていただきますが、その場合にはどのような手続をどういう風にすればよいのでしょうか?
まずご本人に承知してもらわなければいけないのでしょうか。
もしご本人の承諾が出ない場合はどうすればよいのでしょうか。
解任とか法的な出来事が起きたということではないので何とか角が立たないようにうまく丸めたいとは思っておりますがどうぞよろしくお願い致します。
(北海道太郎)
※敬称略とさせていただきます。
遺言執行者が就任した後に辞めてもらうのは簡単ではない】
遺言執行者に指定されている者がまだ遺言執行者への就任を承諾していない場合は、遺言執行者に指定されている者に辞退をしてもらえば問題は解決します。
しかし、一旦、遺言執行者に就任した後に辞める場合は、家庭裁判所の許可が必要となるため、簡単に遺言執行者を辞めたり、辞めさせたりすることはできません。
そのため、遺言執行者に就任した後に角を立てずに辞めてもらうということも実際には困難かもしれません。
【遺言執行者が辞任する場合は家庭裁判所の辞任許可が必要】
就任を承諾した遺言執行者がその職を失う場合については、民法に次の条文があります。
《民法 第1019条(遺言執行者の解任及び辞任)
1項 遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができる。
2項 遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができる。》
- まず、辞任する場合には、《正当な事由》が必要です。
この《正当な事由》とは、
・遺言執行者が職務を遂行できないような事情、例えば、長期に渡る病気や海外出張、職務の多忙等などです。
ただ、辞任というからには、遺言執行者が自ら辞めるという意思を持つ場合です。
又、辞任は遺言執行者が勝手にできるわけではなく、裁判所に辞任の申し出をし、その許可を得る必要があります。
本件では執行者が辞任するようなニュアンスは感じられませんので、次に述べる解任しかないでしょう。
【解任する場合は家庭裁判所に申し立てをし、裁判所が解任の判断をする】
遺言執行者を解任するには、被家庭裁判所に遺言執行者解任の申立をする必要があります。
この解任の申立をできるのは利害関係人だけです。
利害関係人とは相続人、受遺者(遺言により贈与を受けた人)などです。
裁判所が解任を認めるのは、遺言執行者が「任務を怠ったとき」か解任の「正当な事由があるとき」だけです。
《任務を怠ったとき》の例としては、
・遺言執行者が財産目録を作成しないとき
・財産目録を相続人に交付しないとき
・相続人が求めても任務の状況を報告しないとき
等が該当します。
《「正当な事由があるとき》の例としては次のような例が該当します。
・遺言執行者の長期の不在や長期疾病など職務の遂行に支障があるとき
・一部の相続人にのみ有利な取り扱いをするなど、中立公正な立場での執行をしないような場合
上記のような事由があった場合には、裏付け証拠をつけて裁判所に解任の申立てをするといいでしょう。
【緊急性のある場合】
なお、遺言執行者解任の審判を申し立てただけでは、遺言執行者がその地位を失ったり、その職務が停止されることはありません。
そのため、今すぐに執行者の行動を停止させなければならない事情があるのなら、《遺言執行者の職務執行停止の審判》を申し立てる必要があります。
この場合には、なぜ急いで行動を停止させなければならないかを裁判所にわかってもらう必要がありますので、この事情を裁判所にわかるように説明するとともに、その根拠となる裏付証拠も提出する必要があるでしょう。
また、審判が終わるまでの間、代わりの遺言執行者に遺言を執行してもらいたい場合は、《職務代行者選任の審判》という手続きも併せて申し立てる必要があります。
【遺言執行者の義務違反行為がある場合は損害賠償請求ができる】
遺言執行者は、遺言の執行に必要な一切の行為をする広範な権限を持つ一方で、善管注意義務、遺言執行状況の報告義務、受取物等の引渡義務、財産目録作成・交付義務といった様々な義務を負います。
もし、遺言執行者に解任できない場合でも、遺言執行者の義務違反がある場合は、遺言執行者に損害賠償請求することが可能です。
例えば遺言執行者がその職務上の義務を適切に果たさなかったため、相続人が遺産の状況や遺言執行の状況について調査するための調査実費や弁護士費用が必要となり、それらが損害として認められた裁判例(東京地裁平成23年9月16日、東京地判平成19年12月3日)や遺言執行者の財産目録交付義務違反等を理由に損害は生じていなくとも慰謝料が認められた(前掲東京地判平成19年12月3日)裁判例もありますので、参照にされるといいでしょう。
(弁護士 石尾 理恵)