【質問の要旨】
生前の解約と取引履歴開示
【ご質問内容】
父は3年前に逝去、今年、母が逝去し、子供(長女・次女・長男)の3人が相続人です。
父の遺産は銀行の遺産信託で管理されていましたが母の場合は 母名義の銀行預金のみで、これについては遺産分割についての遺言もエンディングノートもありません。 長男が母生前に母名義預金を一部解約して自分名義にしていたらしいことがわかりました。
この自分名義口座から母の老人施設費用、葬儀費用などを支払っていたようです。
Q1:相続税対策のつもりだったかもしれませんが、これは正しいことでしょうか?
Q2:母名義の口座の一部解約は2年近く前ですが、一部解約の明細は開示してもらうことはできるのでしょうか?
Q3:長男名義になってしまった 元母名義口座の分については今後、どのような手段が可能でしょうか? ご回答およびアドバイスを宜しくお願いいたします。
※敬称略とさせていただきます
【正しいかどうかという質問について】
今回の質問の1は《正しいかどうか》という極めてユニークなものです。
遺産相続という法律(民法)では、遺産に属するかどうか、また、請求できるかどうかという場面で考えますので、正しいかどうかという観点で考えることはほとんどありません。
もし、あえて回答するなら次のとおりとなります。
① 母が自分の解約し、長男名義にすることを認めていたかどうかが、まず、問題になります。
認めていたのなら、解約および長男名義への変更については何ら問題はなく、不正はありません。
もし、母に無断でしたのであれば、不正ということになります(刑法という法律で処罰されるかどうかについてはQ&A №584をご参照ください)。
② 母が認めていた場合でも、それが長男への贈与であるのか、それとも長男に預けただけなのかという問題があります。
もし、贈与であれば、生前にいくら贈与するかは母の自由であり、不正の問題は生じません。
ただ、金額が基礎控除の110万円 を超えるのであれば贈与税の申告が必要であり、それをしていないのなら、税務的には不正になります。
また、仮に預けたのであれば、母のために使った分を控除して、残った残額を遺産に戻す必要があります。
その返還分(返還請求権)は遺産ですので、相続税申告をする場合に記載しないと税務的には不正ということになるでしょう。
【解約預貯金の開示請求について】
母の生前に解約された口座の情報(取引履歴など)について、相続人が調査できるのかという点については裁判例があります。
平成23年8月3日に東京高裁で、被相続人の生前に解約された口座の取引履歴の開示を求めた事案で、「金融機関は、被相続人の生前に解約された預金口座の取引履歴を開示すべき義務は負わない」との内容の判決が出ています。
これは、金融機関としては、生前に、預金者による解約後に、従前の取引経過や解約の結果を報告しているので、それだけでよく、相続人に対しては開示義務はないというものです。
(最高裁の平成21年1月22日の判例で、法定相続人であれば被相続人の取引履歴の開示を求めることができると判断されていることとこの判例が矛盾しないのか、という問題がありますが、この点は判断が難しいところです)。
ただ、銀行によっては、相続人であることを示して開示を求めれば、開示をしてくれるところもありますので、開示請求はすべきでしょう。
【法律的に見た場合の問題点―不正出金か、または特別受益】
今回の質問を法律(民法)的にみると次のとおりの問題点を指摘することができます。
①一部解約が母の意思に反してなされた場合、無断出金として、母は長男に返還請求をすることができます。
ただ、母の用途に使われた分は、請求から控除し、残額を各法定相続人が相続分に応じて取得(相続)しますので、その分を長男に請求することになります。
②母の意思に基づくのなら、贈与なのか、それとも預けたのかが問題になります。
贈与なら、その分は特別受益として、遺産に持ち戻して計算することになります。
預けたのなら、母の用途に使った分以外を長男は返還する必要があります。
正確に言えば、母の用途に使った分を控除した残額につき、各法定相続人はその相続分に応じて返還請求ができます。