【質問の要旨】
・10年以上前に亡くなった父は、相談者が実家を相続し弟が賃貸物件を相続する旨の遺言書を残した
・話し合いにより弟が実家を買い取る代償分割をすることとなった
・代償分割の書類を作成せず、弟は実家に住み続けている
・弟に家賃を請求することはできるか?請求できる場合、過去に遡って請求できるか?
【回答の要旨】
・遺産分割協議書を交わしているなら、家賃は請求できないが、代償金を請求できる
・遺産分割協議書を交わしていないのなら、追い出し及び家賃請求が可能
・話し合った内容どおり遺産を分けたいなら、上記請求の際に調印を求める
・遺産分割協議が成立しているのだろうか?
・確認したところ、分割協議ができているという回答がきた場合
・遺産分割協議を認めないという回答がきた場合
・何らの回答もしてこない場合
・分割協議までは賃料の支払不要との最高裁判例との関係
【ご質問内容】
初めまして。
父が10年以上前に亡くなり、
遺言書に弟は賃貸物件を、私に実家を相続する旨ありました。
その後の話し合いで、弟が実家を買い取る形での代償分割をすることになり、金額も決めました。
しかし、弟は代償分割の書類を作らず、実家に住み続けています。
1年半前に、家賃を請求する旨伝えましたが、
具体的な金額などは協議しておらず、
請求することもなく今日に至っています。
この場合、弟に家賃を請求することはできますでしょうか。
また、できるとして、遡っての請求はできますか。
(ぽぽ)
※敬称略とさせていただきます。
【遺産分割協議書を交わしているなら、家賃は請求できないが、代償金を請求できる】
父の相続人であるあなたと弟は、話し合いにより、父が残した遺言書とは違う分け方をしようと考えているようです。
上記の話し合いの結果、弟が自宅を相続するとの内容の遺産分割協議書を交わしているのであれば、自宅は父死亡時から弟のものであったことになりますので、あなたから弟に対して賃料を請求することはできません。
ただ、代わりに、遺産分割協議書で定められた代償金を弟に請求することが可能になります。
【遺産分割協議書を交わしていないのなら、追い出し及び家賃請求が可能】
一方、あなたと弟との間で口頭で話をしただけで、まだ遺産分割協議書を交わすに至っていないのであれば、あなたとしては、本来の遺言書通り、あなたが自宅を相続していると主張することが可能です。
この場合、自宅は遺言書にしたがって、あなたの単独所有となりますので、当然弟が住み続ける権利はなく、あなたは弟に対し、自宅から出ていくよう求めることができます。
また、それと同時に、これまで弟が自宅に住み続けてきた分の賃料を合わせて請求することも可能でしょう。
【話し合った内容どおり遺産を分けたいなら、上記請求の際に調印を求める】
もしもあなたが、遺言書通りの分け方ではなく、弟と話し合った内容での分け方を望むのであれば、上記追い出し及び賃料請求の際に、「それが嫌なら遺産分割協議書にサインをし、代償金を支払え」と求めればよいと思います。
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【遺産分割協議が成立しているのだろうか?】
質問では遺産分割協議のことが記載されていますが、果たしてこれが成立しているかどうかが疑問です。
通常は遺産分割協議が成立した場合には、遺産分割協議書に実印をつき、かつ印鑑証明書を添付する形をとります。
文書まで作成されているのかどうかが質問でははっきりしません。
成立しているかどうかで、回答(すなわち、あなたのとるべき対応)が異なってきます。
もし、遺産分割協議書が作成されておらず、単に口頭でそのような話がなされていたにすぎない場合だとすれば、あなたとしては、なによりもまず先に、弟に遺産分割協議が成立したと考えているかどうかを文書で確認する必要があります。
【確認したところ、分割協議ができているという回答がきた場合】
この場合には、遺産分割協議書を作成し、印鑑証明書をもらった上で、代償金を請求されるといいでしょう。
遺産分割協議ができたなら、自宅は弟の所有になります。
その効果は相続時点までさかのぼりますので、相続時から弟の所有になり、あなたは賃料をもらえません。
その反面、あなたは分割協議で定めた代償金を請求する権利があります。
もし、弟が代償金を支払わないというのなら、その支払いを求める調停や訴訟をする必要があります。
なお、この場合には代償金とその支払いが遅れたことによる遅延利息を請求することになります。
【遺産分割協議を認めないという回答がきた場合】
もし、遺産分割協議ができていないのだという回答が来た場合にはどう対応するかが問題になります。
もし、あなたが自宅を相続したくない、代償金を要求するというなら、遺産分割協議が成立したことを証明する必要があります。
ただ、文書で調印していない場合で、しかも一方の当事者である弟が成立を否認している状況では、遺産分割協議が成立したことを立証するのはかなり難しいでしょう。
むしろ、あなたとしては、遺言書を前提にして、次のような対応をされるといいでしょう。
遺言書であなたは父から自宅の所有権を相続しています。
そのため、その自宅の所有権に基づき、弟に自宅からの退去を求めることができます。
又、自宅は相続の時からあなたの所有になりますので、その時点から賃料に相当する金銭(法律的には賃料相当損害金)の支払いを請求するといいでしょう。
【何らの回答もしてこない場合】
なお、弟がなんらの回答をもしてこない場合には、遺産分割協議を認めないという姿勢だと理解するしかありません。
この場合には、前項の認めないという回答が来た場合と同じように、弟の自宅からの退去と相続開始時からの賃料相当損害金の支払いを求めることになります。
【分割協議までは賃料の支払不要との最高裁判例との関係】
参考までに、本件によく似たケースについての判例も紹介しておきましょう。
《弟が、父の死亡以前から自宅に住んでいたような事例で、遺産分割で建物の所有者が確定するまでは、そこに居住させようという父の意思が推測できるので、弟は引き続き無償で自宅に居住することができる》という最高裁の判例があります(判決日:最高裁平成8年12月17日)。
しかし、今回のご質問のケースは、父は遺言書で自宅をあなたに相続させるという意思を明らかにしており、相続時点で既に所有者が確定しています。
そのため、最高裁の判例とは前提とする事実関係が異なりますので、あなたとしては、遺言書を盾にとって、退去請求と相続の時点からの賃料請求をしてもなんら問題がないということになります。
(弁護士 大澤龍司)