【質問の要旨】
【題名】
委任状を偽造して親の預金の使い込みをした実の兄弟を有印私文書偽造で告訴できますか?
【ご質問内容】
父の生存中(当時入院中で文字が書けない状態)に兄が、父の多額の定期を解約した事がわかりました。
金融機関から取引履歴を取り寄せ、委任状の写しも手元にあります。
有印私文書偽造で告訴できますか?親族を刑事告訴できないと聞いた事があるのでお尋ねします。
また、生存中の使い込みに対して、
遺産への持ち戻しはできますか?
【ニックネーム】
sara
【回答】
1.刑事事件にすることは難しい
今回のケースでは、兄が父の生前に、父の名前を委任状に記載し、定期預金を解約しています。
兄が委任状に父の署名をするにつき、父が同意しておれば、私文書偽造罪は成立しませんので、まず同意の有無を確認する必要があります。
もし、父の同意がなければ、有印私文書偽造罪が成立するといえます。
ただし、現実には、上記のような罪が成立する事実があったとしても、警察は家族間の争いに介入することはほとんどありません。
過去の当事務所での相続Q&A655では、法定相続人が告訴等などで問題にしない限り、警察が調べに乗り出すことは考えられないと回答をしていますが、法定相続人が問題にしたとしても、警察が現実に動くことはほとんどないというのが現状です。
(強盗や殺人なら警察は動きますが、私文書偽造などはあまり興味を示しません)
そのため、今回のケースでも、警察に相談したとしても、「できたら、民事事件で解決してください」と言われる可能性が高いでしょう。
2.遺産への持戻については、父の同意の有無により扱いが異なる
1)父の意に反して、兄が定期預金を解約している場合
不動産や預貯金、現金、株式等が相続時だけでなく分割時にも存在している場合には遺産分割の対象になります。
しかし、今回のケースのように、父の生存中に兄が解約した預貯金については、既に分割時には存在していないため、原則として遺産分割の対象にはなりません。
ただ、父の意に反して生前(あるいは死後)に出金をした兄の行為は、不法行為になりますので、父は、生前、兄に対して損害賠償請求をする権利を有します。
相談者としては、その権利を法定相続分だけ相続しますので、これに基づき兄に損害賠償請求をする必要があります。
兄が請求に応じない場合には訴訟をすることになります。
但し、相続人間で同意があれば遺産分割の対象になる
もっとも、現実の家裁の調停では、相手方である兄が生前引き出し分も含んで分割協議に反対しないのなら、無断引出し分も含めて一挙に解決することも多いです。
そのため、無断引出し分を含めて遺産分割調停を申立てるといいでしょう。
但し、兄が同意しないのなら、調停では遺産分割対象にはできず、原則通りに訴訟等で解決するしかないでしょう。
2)兄が預貯金を解約したことについて、父の同意があった場合
仮に、父が兄の生前出金について、同意をしていた場合は、前記出金金額については、遺産の前渡し(生前贈与)と考えられるため、「特別受益」として、遺産に持戻をすることになります。
そのため、遺産分割調停や審判の中で解決することが可能です。
※「特別受益」とは?
被相続人から生前に贈与を受けたり、遺贈を受けた者が共同相続人にいた場合に、前記贈与については相続分の前渡しとして、計算上、贈与した金額を相続財産に持ち戻す制度のことをいいます。
【参考Q&A742】
3.結論
結局、生前出金については、父の同意の有無等により、扱いが異なります。
調停を申し立てる場合には、同意がない無断引出分として遺産目録に記載し、兄がそれを分割の対象とすることに反対するような場合には、無断引出分については相談者としては調停以外の方法(例えば訴訟)で解決するしかないでしょう。
もし、訴訟までもする気はないというのなら、父が同意したものであると主張を変えて、特別受益として、遺産に持ち戻しという形で遺産分割の対象にすることも考えてもいいでしょう。
(弁護士 山本こずえ)