【質問の要旨】
被相続人:母
相続人:相談者・姉
相続財産:非上場株式、譲渡制限株式
その他:遺言書には全ての財産を相談者に相続させると記載(家裁検認済み、遺言執行者は相談者)
経緯
①会社に対して相談者への株主名義変更を請求したが、
姉から会社に対して、遺言に疑義があると主張されたとのことだった。
②主張を受け、会社は疑義の内容及びそれを裏付ける客観的資料の提出を姉に求めた。
③姉は母が認知症である、という病院の診断書を提出した。
(実際は時々物忘れがあるが、意思能力はあった)
④会社は診断書を確認し、相談者の請求(遺言による株主名義変更)を拒否した。
→遺言書が無効かどうかは裁判所が判断するものではないか?
裁判所の判断でなく、会社の判断で株主名義変更を拒否するのはおかしいのではないか?
【回答】
1 認知症でも遺言能力ありと判断されることがある
遺言能力とは、遺言当時、被相続人が遺言の内容を理解できる能力を指します。
遺言能力の有無は、遺言内容、遺言書作成時の状況、精神疾患の種類(例えば、アルツハイマー型認知症)、重症度等を総合考慮して判断されます。
例えば「全財産を長男に相続させる」という簡単なものである場合には、遺言内容を理解するために必要な認知能力は、ある程度低いものでも足ります。
また、認知症と一口に言っても、その重症度は様々です。
そのため、遺言当時認知症であっても、遺言能力があり、遺言書は有効と判断されることもあります。
2 遺言の有効性を終局的に判断するのは裁判所
遺言の有効性を終局的に判断するのは裁判所になります。
遺言書が存在するのであれば、当該遺言が無効であることが明白である場合(例えば、遺言に方式違反がある場合)を除き、遺言書が有効であることを前提に遺言執行がなされることになります。
会社が勝手に遺言が無効であると判断することはできません。
会社は単に、遺言の有効性についての判断を留保し、遺言が有効であることの証明資料がない限り、名義書き換えを拒んでいるのかもしれませんが、遺言が無効であることの証明資料がない限り、遺言は有効であるものとして事務処理をする必要があります。
3 会社に文書を送り交渉する方策
本件事案で、会社は、「認知症=遺言は無効」と単純に判断している可能性があります。
そこで、まずはこの認識を正すために、上記1に記載したことを伝えるのがよいと思われます。
また、遺言が無効であると裁判所が判断しないうちは、原則、遺言は有効であるものとして扱われることも伝えるのがよいでしょう。
内容が高度になるため、交渉は弁護士に依頼するのがよいでしょう。
非上場株式,譲渡制限株式を母親が死んで相続したのですが(他に、相続人姉がいる)、遺言書があって、全ての財産を私に相続させる、という遺言でした(家裁検認済み、遺言執行者も私)。
それで、会社に遺言により、私への株主名義変更を請求したところ、他の相続人姉から、遺言に疑義があると主張されたので、会社は「疑義の内容及びそれを裏付ける客観的資料について会社への提出を求めることにした」ということでした。
それで、姉は母が認知症である、という病院の診断書を提出したそうです。母親に
成年後見人を付けさせるため、勝手に病院の診断を受けさせたのですが、
結局、成年後見人の申請はしなかったようです。
その、母が認知症である、という病院の診断書により、会社は遺言書による株主名義変更を拒否しました。
母の銀行の預金についても他の相続人の承諾なしで遺言者により、単独で引き下ろしている。つまり、銀行としては、その遺言者が有効であるかどうかは判断できず、家庭裁判所の検認済みであれば、遺言書の記載通りに処理している。
姉から、裁判所への遺言無効確認調停、訴訟は起こされていません。
つまり、遺言書が有効か無効どうかは、あくまでも、裁判所が判断することであり、他の相続人からの遺言の効力についての疑義がだされたとしても、それについて、会社が判断するものではない、と思うのです。
母は、認知症でしたが、意思能力はあり、(物忘れがときどきあった。)遺言書も
全ての財産を私に相続させる、という単純なものでした。
遺言書が有効か無効かどうかは、裁判所が判断するものであり、会社が勝手に無効である、という判断で株主名義変更を拒否するのはおかしいのではないですか?
どう対応すればいいのでしょうか?
【ニックネーム】
kk
【回答の詳細】
1 認知症でも遺言能力ありと判断されることがある
遺言能力(遺言行為をするための意思能力)とは、遺言当時、被相続人が遺言内容を理解し遺言の結果を弁識できる能力を指します。
遺言能力の有無は、遺言内容、遺言書作成時の状況、精神疾患の種類(例えば、アルツハイマー型認知症)、重症度(各種認知機能検査の結果、診断書、遺言当時の症状等が判断資料になる)等を総合考慮して判断されます。
遺言内容が高度に複雑なものである場合、遺言内容を理解するためには、より高度の認知能力が必要になりますが、例えば「全財産を長男に相続させる」という簡単なものである場合には、遺言内容を理解するために必要な認知能力は、より低いものでも足りるということになります。
また、認知症と一口に言っても、その重症度は様々です。
そのため、遺言当時認知症であっても、その重症度は低く、遺言内容が単純である等の諸事情を総合考慮の上、遺言能力があり、遺言書は有効と判断されることもあります。
本件事案では、全ての財産を相談者に相続させる、という遺言だったようですが、その他に複雑な内容がなければ、遺言内容自体は単純と言えるでしょう。
母の認知症の種類や重症度等が分からないため、遺言能力があるか否かは不明です。
2 遺言の有効性を終局的に判断するのは裁判所
遺言の有効性は、通常、遺言が無効であると考える相続人から遺言無効確認訴訟が提起されることにより争われ、それを終局的に判断するのは裁判所になります。
遺言書が存在するのであれば、当該遺言が無効であることが明白である場合(例えば、遺言に方式違反がある場合)を除き、遺言書が有効であることを前提に遺言執行がなされることになります。
したがって、会社が勝手に遺言が無効であると判断することはできません。
会社は単に、遺言の有効性についての判断を留保し、遺言が有効であることの証明資料がない限り、名義書き換えを拒んでいるのかもしれませんが、遺言が無効であることの証明資料がない限り、遺言は有効であるものとして事務処理をする必要があります。
3 会社に文書を送り交渉する方策
本件事案で、会社は、「認知症=遺言は無効」と単純に判断している可能性があります。
そこで、まずはこの認識を正すために、上記1に記載したことを伝えるのがよいと思われます。
また、遺言が無効であると裁判所が判断しないうちは、原則、遺言は有効であるものとして扱われることも伝えるのがよいでしょう。
会社が名義書き換えを不当に拒絶した場合、会社は損害賠償責任を負ったり、株主総会決議が取り消されたり、会社の取締役らが過料に処せられる場合があります(会社法976条7号)。
これらのことを伝えるのも一案でしょう。
ただし、その伝え方が脅迫罪に該当しないように十分に注意することが必要です。
内容が高度になるため、交渉は弁護士に依頼するのがよいでしょう。
4 仮に株主の地位を求める仮処分を求める訴えを提起する方策
なお、暫定的にでも株主の地位を迅速に会社に認めさせる必要がある場合には、会社を債務者として、仮に株主の地位を求める仮処分を求める訴えを提起する方策もあります。
(弁護士 武田和也)
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