【質問の要旨】
・母は生前、後見人がついていた。
・母死亡後、後見人(弁護士)に葬儀費用を支払うためにゆうちょ銀行の返還を求めているが、これに応じない。対処方法はないか。
・母からより預かった口座で、支払いを相談者に任せる、との文章を記載した母自身が作成した委任状があるので、この口座も遺産になるのか。
・母の葬式をするかどうかは誰が決定するのか。
【回答の要旨】
1.母に後見人がつけば、預貯金口座は後見人名義になり、母もその他の人も出せないようになる。
2.被後見人の母が死亡すると後見が終了し、後見人名義の預金は相続人に引き渡される。
しかし、遺産分割協議ができていないと、後見人としては引き渡しができない。
3.管理を任された預貯金であっても、母名義であれば母の遺産である。
4.相続法の改正で、仮払制度を利用して葬儀費用を引き出せるようになった。
5.葬儀をするかどうかは祭祀の承継者が決定する。
【題名】
葬儀費用
【ご質問内容】
母が亡くなり、その葬儀費用を支払うために、後見人(弁護士)に「ゆうちょ銀行の口座」の返還を求めていますが応じないようです。その口座はある目的で、母より私が預かった口座で、支払いを私に任せるとの文章など全てを、母自身が記載した委任状がありましたが、後見人が凍結してしまったのです。母は軽度の認知症でしたが、銀行の金利などにうるさいなど判断能力はありました。
亡弟には2人の子供がおり、相続人は3人なのですが、この口座に関しては、私が生前贈与を受けたものではなく、別途の使途目的があったものですので、相続財産には当たらないと思います。
それと、母が死亡したにも関わらず、葬儀についても関与してきます。
亡弟のお嫁さんと二人で葬儀をしない旨を伝えて来て、葬儀以外の費用の承諾を求めてきました。
私としては、葬儀をしないなど考えられませんし、他の親族にも
お別れをして頂きたいのです。
家庭裁判所に相談をしようと思いますが、ご意見をお聞かせください。
(Yamamoto)
※敬称略とさせていただきます。
【回答】
第1 後見人の選任と口座の凍結の関係
母に後見人がつけば、母名義の預金は全て後見人の名義に変更され、母も、又、母から依頼された他の人であっても、母の預金を引き出すことはできなくなります。
母が財産をきちんと管理できないような状態になったときに、その財産の管理のために後見人が選任されるのですから、後見人以外の人が出せないように口座が凍結されるのは当然のことです。
なお、母は軽度の認知症で判断能力があったと相談者の方は判断されているようですが、裁判所が判断能力がないと判断して後見人を選任したのですから、そのような主張は認められないでしょう。
第2 被後見人の死亡と相続財産の引き渡し
後見人がいるのですから、普通の場合、母名義の預貯金は全て後見人の名義になっているはずであり、母名義の預金が残っているということは考えにくいです。
後見人が選任されたときに、被後見人の母が死亡した場合には、後見が終了し、後見人名義の預金は相続人に引き渡されます。
ただ、相続人間で争いがあり、遺産分割協議ができていない場合には、誰に渡していいかわからないので、後見人が財産を管理し続けることになります。
第3 管理を任された預貯金は遺産からはずれるのか
母が相談者に預金の通帳や印鑑を預け、その使途を定めていた場合でも、その名義が母である限り、その預貯金は母の遺産です。
通帳や印鑑を預かり、使途が決まっていても、それは母の財産を単に管理し、あるいは支払いの委任を受けただけです。
第4 葬儀費用を引き出すには
口座の名義人である母が死亡した場合、銀行がその事実を知れば、母の口座を凍結します。
そのため、母の葬儀の費用も、相続人が立替えて支払うということになります。
ただ、お金がなければ葬式もできないのでは困るだろうということで、ゆうちょ銀行などでは葬式費用に使用するという申し出があれば、凍結した貯金口座から100万円程度なら出金を認めるような扱いをしていました。
しかし、他の金融機関ではそのような扱いをしていなかったようです。
このような費用がないため、葬儀もできなくなる不都合に対処するために、令和元年7月の相続法の改正で葬儀費用の仮払いが認められるようになりました(末尾の条文をご参照ください)。
少し詳しくいいますと、葬儀費用については、遺産分割協議が成立する前でも仮払いの制度により引き出すことができます。
その仮払いが認められる額は、《死亡時の預金残高×法定相続分×3分の1》です。但し、金融機関1行につき150万円までという限度つきになります。
なお、今回の質問のように、弁護士の後見人がいる場合には、上記制度の範囲で葬儀費用を仮払いすることを求めるといいでしょう。
後見人としては裁判所と協議した上で、仮払をすると思います。
【参考条文】
(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
第九百九条の二 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。
第5 葬儀について
葬儀をするかどうかは祭祀承継者が決めます。
祭祀承継者とは、お墓などの祭祀財産を取得し、法事などを行う人のことです。
遺言書で祭祀承継者が指定されている場合、その人が祭祀承継者になります。
そのような指定がない場合、被相続人の亡くなられた地域の慣習やしきたりで決まりますが、通常は長男が祭祀承継者になることが多く、女より男、末っ子より長男という男女、長幼の別で決定されているようです。
もちろん、相続人間の話し合いで決めることも可能であり、それでも決まらない場合は家庭裁判所に決めてもらうことができます。
なお、葬儀費用は、被相続人の死後に発生する費用ですので、相続費用ではなく、当然に相続人間で分担するということにはなりません。
ただ、家裁の遺産分割調停などでは、葬式に出席した相続人は、葬儀費用を相続分に応じて負担するという解決をすることが多いです。
(弁護士 大澤龍司)