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【題名】
兄が母名義の家に無償で住んでいる 特別受益と認められる?
【ご質問内容】
今から12年ほど前に、母が認知症と診断されました。
母は当時一人暮らしでしたが、その時点ですでに判断能力はないものと診断されています。
そして、兄一家が今から10年前に母の介護目的で母名義の実家に移り住みました。
その時母の判断能力はすでになかったので、母が兄を無償で住まわせるという契約は
取り交わせていない状態です。
兄一家が母と同居を始めて2,3年あまりで、兄は母をグループホームに入居させま
した。それ以後現在に至るまで、兄一家は母名義の家に無償で住み続けています。
母をグループホームに入れたことで、兄が母を介護するという目的は既に失われたの
に無償でずっと母名義の家に住み続けていることは、特別受益と認められるでしょう
か。
将来、母が亡くなった時に、無償で住み続けた分を遺産相続時に返還させること
は可能でしょうか。
もしくは、今すぐ成年後見人の申し立てをすれば兄が無償で住むことは許されなくな
りますか。
【ニックネーム】
もこ
【回答】
1.建物の無償使用について、賃料相当額が特別受益になるか?
①特別受益とは?
特別受益というのは、亡くなった方が相続人に金銭の贈与をするなど、生前に遺産の前渡しをしていたと考えられる場合に、その分を遺産に組み入れて遺産分割の計算をする制度です。
②ご相談の概要
今回のご相談は、兄とその家族が母名義の建物に居住しており、無償で使用しているため、将来母の相続が発生して遺産分割をする際に、賃料相当額が特別受益として考慮されないかというものです。
今回のケースで、賃料相当額が特別受益に該当する場合、兄が建物に住んでいた期間の賃料分を遺産に持戻しをして、具体的相続分の計算をすることになります。
③通常の扱い
遺産分割調停などで、被相続人である親がその子供と同居して、建物を無償で使用させていた場合などでも、その分は特別受益ではないとされる場合が多いです。
その理由は子供が生活に困っている等の事情があって、親の愛情の現れとして住まわせている場合が多く、その無償で使用した分を賃料計算して遺産に持ち戻すようなことは考えていなかっただろうと思われるからです。
言い換えれば、遺産の前渡しとしての性格が薄いと考えられているためです。
④認知症であれば使用貸借の合意はないという考え方は・・
今回のご相談者の立場としては、12年前に母が認知症で判断能力がなかったので、母と同居の子の間に使用貸借契約(無償で使用させる契約)が成立していたと考えられないという主張のようです。
まず、認知症だからといって、すぐに意思能力がないとは言えないということにご注意ください。
たとえ認知症でも、軽度(長谷川式認知スケールで20点から10点程度)であれば、意思能力があると判断される場合が多いですので、ご注意ください。
次に、認知症の人が家族を無償で住まわせている場合に使用貸借が成立するのかという点も注意が必要です。
いろんなケースがあるでしょうが、同一の家に同居している場合には、使用貸借というより、事実上、同居させているだけという理解が実態に合うと思います。
しかし、親の土地上に子が建物を建築しているような場合には、使用貸借が成立する可能性が高いです。
使用状況により、使用貸借が成立したりしなかったりする可能性もあるということも考慮されるといいでしょう。
⑤介護のために同居していた場合
今回のケースのような、介護のために親の家に子が同居した場合で、親に意思能力があるとすると、子の同居を認めていることになります。
そのような場合、一般的な常識としては、自分の介護のために同居している子に賃料請求はしないでしょう。
では、親に意思能力がない場合に、仮に子の一人が勝手に家に入った行為を無断占拠(不法行為)とする、あるいは、不当利得による損害賠償等(賃料相当損害金の請求)を根拠として、賃料を請求することはできるでしょうか。
母の意思能力がなかったとしても、子であるという兄の立場や、母の介護のために同居したという点から見て、兄の行為は社会的に是認されます。そのため、不当な利得としての請求も困難なように思います。
⑥グループホーム以降の利用
ただ、今回のケースでは、母は途中でグループホームに移っているので、それ以降にも兄が居住して無償使用している分については、特別受益に該当するといえないかという問題は残ります。
私見ですが、親が意思能力があるとして、介護施設に行かざるを得なくなった場合でも、親としては退去せよとも、又、賃料を支払えということも考えないだろうと思います。
意思能力がある場合の親が請求しないのに、意思能力のない場合には請求できるというのもバランスを欠くように、回答者としては考えます。
ただ、介護の必要がないのに、家を使用し続けて利益を受けているのは納得できないという質問者の気持ちもわかります。
そのため、将来相続が発生した段階で、兄に対して特別受益と主張することも可能かもしれません。
特別受益とは具体的に何かが法律ではっきりと決まっているわけではありませんので、調停などでは主張をされ、適当な折り合いのラインを見つけるのが望ましいでしょう。
2.成年後見人の選任について
今回のケースで、母の成年後見人の選任申し立てをすれば、成年後見人が兄に対して、明け渡し請求をするでしょうか。
成年後見人は、本人の財産管理や保全のために選任されます。
今回のケースでは、兄一家が建物を無償使用しているのですが、それにより母の財産が減っているとはただちにはいえないと考えられるため、原則として、成年後見人は兄に対して明渡しや賃料請求をするとは考えにくいでしょう。
(弁護士 大澤龍司、弁護士 山本こずえ)



