【質問の要旨】
被相続人:母
相続人:姉、相談者、兄の子(長男)、兄嫁(養女)
・作成当時99歳の母が公正証書遺言を作成していた。
・母は重度の認知症で、判断ができる状態ではなかった。
公正証書遺言書の無効訴訟と有印私文書偽造罪の告訴は可能か?
【ご質問内容】
先日母が101歳で死去。ここ3年間寝たきりで自宅で兄嫁が介護していました。相続人は姉、次男私、故兄長男、兄嫁(養女)。葬儀が終わって2週間後弁護士から公正証書遺言書が届きました。2年前兄長男、兄嫁が公証人役場へ連れて行って作成したとの事。遺言内容は大半の不動産を兄長男が相続。
2年前母は重度の認知症でとても判断できないと思います。だから公正証書遺言書の無効訴訟と刑事では有印私文書偽造罪で告訴したいと思っています。
【ニックネーム】
ミキヒロ
【回答】
1.相続関係
本件では被相続人の子である相談者の姉、相談者(次男)、養女(兄嫁)に加え、亡くなった兄の子どもが代襲相続人となります。
2.意思能力がない場合には遺言書は無効だが
ご相談のケースでは、101歳で亡くなった母が2年前に作成した公正証書遺言の有効性―具体的に言えば、遺言を作成した当時、意思能力(判断能力)があったのかどうかが問題になります。
遺言者は、遺言書作成当時、99歳の高齢でした。
もし、公正証書遺言を作成した時期に重度の認知症であったのなら、遺言書は無効になります。
ただ、公正証書遺言は、元裁判官や検察官である公証人が作成します。
その際、公証人が本人の意思確認をするとともに、判断能力などを確認して作成しますので、自筆証書遺言と比べると無効とされるケースは極めて少ないといえます。
3.意思能力がないということを証明するためには
公正証書遺言を遺言作成当時に、遺言者が重度の認知症であり、意思能力がなかったということにつき、カルテや介護認定資料、認知症テストの結果などの客観的な資料から確実に立証する必要があります。
証拠としては、認知症の程度を判断する《長谷川式認知症スケール》があり、その点数が30点満点中、点数が一桁などであれば認められ可能性があるかもしれません。
又、要介護度(認知症が理由で要介護度4~5と認定されているなど)も資料として役に立つでしょう。
ただ、これらの資料により、遺言者の見当識、記憶力、認知能力、知能等の要素から、遺言者が自分の財産の内容や、遺言内容の意味を理解できないという点を立証することになります。
4.それでもハードルは高い
仮に遺言者が、重度の認知症により、自分の持っている財産の内容が正確に把握できていないケースであっても、遺言の内容が単純なものであれば遺言内容を理解できていたとされる可能性もあります。
過去の裁判例でも、点数が長谷川式認知スケールの点数が6~7点程度であっても、遺言の内容が《全財産を長男に相続させる》という簡単なものあったことから、遺言能力があったとされた例さえ存在します。
ましてや本件は公正証書遺言であり、公証人が関与していますので、かなり確実な証拠が必要であり、敷居は極めて高いと考えるといいでしょう。
5.刑事事件について
公正証書遺言は、公証人が作成するものであるため、私文書ではなく、有印私文書偽造罪は成立しません。
又、「偽造」とは、そもそも、作成権限を持たない者が、作成権限を持つ人の名義を勝手に使用して文書を作成することです。
今回のケースでは、作成権限のある公証人が作成をしているため、「偽造」罪を問うことはできないでしょう。
(弁護士 山本こずえ)