【質問の要旨】
母親がなくなり相続が発生し、相談者が母親名義の畑地(農地転用はせず畑地と宅地に分割されている)に9年前に建て、使用していた工房の立ち退きと9年間の特別受益の支払いを弟から要求された。
被相続人:母親(土地の名義人、10年前より認知症であった)
相続人:相談者、弟
相談者:母親の面倒を見て、畑地を管理していた。
・相談者が使用していた、畑地上の工房の立ち退きと特別受益の支払いは正当なものか。
・上記が正当であれば宅地評価額の9年間分の特別受益が発生するのか。
1.明け渡しに応じる義務はない
相談者は弟から立ち退き要求をされていますが、応じる必要はありません。
相談者が工房を建てている土地部分については、亡くなった母と相談者との間で無償で土地を利用する契約が締結されているとみることができます。(これを「使用貸借契約」といいます)
母が亡くなった場合、母の貸主としての地位が相続されますので、現在は弟と相談者の間で使用貸借契約が成立している状態です。
このような契約は、少なくとも遺産分割が終了するまでは続きます。
2.更地価格の1~3割程度が特別受益となる可能性がある
「特別受益」というのは、相続分の前渡しと考えられています。
前述のとおり、亡くなった母と相談者との間では使用貸借契約が締結されているといえます。
そうすると、相談者としては使用貸借権相当額分の利益を受けているといえますが、その一方で、母の遺産の評価としては、土地から使用貸借権相当額を差し引いた金額へと減っているため、遺産の前渡しがされたものといえます。
したがって、使用貸借権相当額が特別受益にあたるといえます。
3.持ち戻し免除について
特別受益にあたる場合、特別受益を相続財産に加えた上で(「持ち戻し」といいます)、特別受益を受けた人の相続分からは特別受益を差し引いて相続分を計算します。
ただし、このような「持ち戻し」について、亡くなった人が免除することができます。
今回のケースで、母の面倒を見る代わりに、土地上に建物を建て、土地を無償で使ったということがいえるのであれば、母の扶養と土地の使用は対価関係にあり、持ち戻し免除の黙示の意思表示が認められると主張することも考えられます。
(ただし、このような主張が認められるかはケースバイケースです。)
母親名義の200坪の畑地に9年前に工房を建て使用していました。農地転用はせずに現況で畑地と宅地に分割されています。畑地は母親が10年前より認知症になり長男である私が畑地の管理と母親の面倒をみて趣味的に木工を工房でしていました、母親が先月亡くなり、弟から工房は母親の承諾があっても自分には不利益になったので、畑地の相続と工房を建てた9年間の特別受益と工房の立ち退きを要求してきました。正当なものなのでしょうか。
また、正当であれば宅地評価額の9年間分の特別受益が発生するのかを教えて下さい。
【ニックネーム】
はずは
【詳細な回答】
1.明け渡しに応じなくてよい
まず、今回のご相談のケースは、母の相続について、相談者(長男)と弟は法定相続分2分の1ずつとなります。
亡くなった母の土地には、(おそらく相談者名義)の建物が建てられていいますが、母が生前に建物を建ててもよいと許可した時点で、相談者と母の間には使用貸借契約が締結されていたものとみることができます。
そして、弟は、使用貸借契約の貸主としての地位を相続しているといえます。
使用貸借契約は「目的に従い借主が使用収益するのに足りる期間」を経過しなければ、解除できないとされています。
今回、使用貸借の目的については、きちんと契約で決められているわけではありません。
しかし、状況からすると、母としては相談者が建物を所有する目的で土地を貸したとみることができます。(注)
そうすると、弟としては、建物が存在する以上、契約を解除して明け渡し請求するということはできないことになります。
※注
ただし、今回のケースでは、10年前に母が認知症になっており、それから1年後に工房を建てているため、認知症の程度次第では意思能力が問題となります。
もし、建物を建てた時点で、かなり重度の認知症ということであれば、使用貸借契約を締結していると認められない可能性があります。
2.特別受益について
亡くなった母から相談者に対して、生前贈与など相続の前渡しとなるような行為があれば、「特別受益」として、前渡し分を相続財産に加えて(「持ち戻し」といいます)、自己の相続分から差し引くことになります。
今回は、亡くなった母の土地の上に相談者が(おそらく相談者名義の)工房を建設して9年間使用しています。
本来であれば、自分以外の人の土地を使うのであれば、賃貸借契約をして、地代を支払うということになりますが、今回は親子なので、無償で使っている状態です。(法律的には使用貸借といいます、)
このような場合、無償で借りている人の権利(使用貸借権)が特別受益となる可能性が高いといえます。
3.持ち戻し免除の主張
今回のケースでは、相談者が母の面倒をみる代わりに、母の土地上に工房を建て、無償で使用していたとみることもできます。
仮に、母の扶養と土地の無償使用が対価関係にある場合は、特別「受益」とはいえないという反論や特別受益があったとしても、持ち戻し免除(亡くなった人が、特別受益を相続財産に持ち戻さなくてよいとしたこと)が認められるという主張が考えられます。
このような主張が認められるかはケースバイケースですが、反論としてはあり得ます。
ポイントとしては、亡くなった人が相続人に対して「相続分以外に財産を相続させる意思を有していたと推測させる事情」があるかどうかです。
今回のケースでいえば、母が土地を無償で使用させる見返りとして、相談者から扶養を受けていたという事情があれば、持ち戻し免除が認められやすいといえます。
4.特別受益にあたる場合、特別受益となる価額はいくらか?
では、仮に特別受益となる場合、いくらになるのか?
これについては、非堅固(木造・軽量鉄骨など)であれば土地更地価格の1~2割、堅固な建物(重量鉄骨・コンクリート造)であれば土地更地価格の2~3割が特別受益となるケースが多いようです。
今回のケースでは、工房を建てたということですが、コンクリート造等であれば、堅固な建物に該当するため土地更地価格の概ね2~3割程度が特別受益と考えられます。
(弁護士 山本こずえ)
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