法l定相続人の夫への贈与が特別受益として認められたケース
(昭和55年5月24日 福島家庭裁判所白河支部)
【事実関係】・・(事実関係はわかりやすくするために変更しています)
被相続人甲が死亡し、その相続人はA及びBである。
右遺産として、いずれも不動産(評価額は合計2150万円相当)である。
なお、被相続人は、生前にAの夫であるKに不動産(1350万円相当)を贈与した。
Bは、Kへの生前贈与はAの特別受益であると主張した。
このような主張は認められるか。
【参考条文】
民法第903条(特別受益者の相続分)
共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
【裁判所の判断】
問題の贈与は、相続人であるAに対するものではなく、その夫であるKに対してなされているのであるから、形式的に見る限り特別受益にはあたらない。
しかし、通常配偶者の一方に贈与がなされれば、他の配偶者もこれにより多かれ少なかれ利益を受けるのであり、場合によっては、直接の贈与を受けたのと異ならないこともありうる。
遺産分割にあたっては、当事者の実質的な公平を図ることが重要であり、形式的に贈与の当事者でないという理由で、相続人のうちある者が受けている利益を無視して遺産の分割を行うことは、相続人間の実質的な公平を害する。
そのため、贈与の経緯、贈与された物の価値、性質及びこれにより相続人の受けている利益などを考慮し、実質的には相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められる場合には、たとえ相続人の配偶者に対してなされた贈与であってもこれを相続人の特別受益とみて、遺産の分割をすべきである。
本件では
① 本件贈与はA夫婦が分家をする際に、その生計の資本としてAの父親である被相続人からなされたものである。
② 贈与された土地のうち大部分を占める農地についてみると、これを利用するのは農業に従事しているAである。
③ 贈与は被相続人の農業を手伝ってくれたことに対する謝礼の趣旨も含まれていると認められるが、農業を手伝ったのはAであること
などの事情からすると、被相続人が贈与した趣旨はAに利益を与えることに主眼があつた。
④ 登記簿上Kの名義にしたのは、Aが夫であるKをたてたほうがよいとの配慮からしたものと推測され、本件贈与は直接Aになされたのと実質的には異ならない。
⑤ 又、その評価も、遺産の総額が2150万円であるのに対し、贈与財産の額は1350万円であり、両者の総計額の38%にもなることを考慮すると、右贈与によりAの受ける利益を無視して遺産分割をすることは、相続人間の公平に反するというべきであり、本件贈与はAに対する特別受益にあたると解するのが相当である。
【弁護士コメント】
特別受益が問題になるのは、原則として共同相続人が贈与を受けた場合である。
従って、相続人の子供や配偶者が贈与を受けた場合には、特別受益にはならない。
しかし、
① 遺産と比較して贈与の金額(本件では不動産であるが、その価額)が遺産額に比して多額であったこと(贈与額は繰り戻し前の遺産額の約62%となる)
② 被相続人意思が、本来の法定相続人に贈与する意思を有していたと考えられること
③ 更に配偶者名義にしたのは《夫である配偶者を立てた方がよい》との趣旨に出たものであること
を考慮して、この判例では配偶者(夫K)に対する贈与を、法定相続人である妻Aに対する特別受益と判断した。
本件事案としては適切な判断だと思われる。
被相続人が孫に生前贈与した場合に、それが法定相続人のである子供の特別受益になるかどうかが問題になる。
そのような場合に参考になる判例である。
しかし、原則は特別受益にならないということは理解しておく必要があるだろう。
そのうえで、金額の多寡が多すぎ、かつ贈与した経過をみれば、これは法定相続人に対する贈与と同視できるという特段の事情があれば、特別受益として認められる場合があると考えておくといいだろう。